本当の自分
今回のエントリは 約7ヵ月前の記事 「自分」が救われる時、ほんの少し「世界」が救われるのではないか、ということ の直接的な続きとなるものです。 そこでは ・普段感じている「自分」と「本当の自分」との違いとは何か? ・私たちは「自分」というものが…
前回の更新では、 社会全体が同時に幸福であることは難しいけれども 「社会とは個人の集合である」ということを考えれば 個人の幸せが増すことによって 全体の幸せも増すのではないか? といったことが導かれました。 そこで 今回のエントリでは 「個人が救…
前回の更新では、 資本主義の象徴である 「個人資産というピラミッドの頂点に立つ」 二人のビジネスパーソン兼資産家の意見を取り上げ そこから読み取れることを考察してみました。 (「資本主義」の象徴自体が 「資本主義の意義」を否定する現象が現れ始め…
このブログでは 資本主義や共産主義に代わる新しいシステムを模索していて それらの代わりになるものとして「与配主義」 貨幣制度の代わりになるものとして「順番決定制度」というアイデア(idea)を考案してきました。 (「与配主義」「順番決定制度」参照…
なぜ、人は汚いものを見て「汚い!」と言い、そのことによって気分を害するのだろう? なぜ、人は汚いものに浸かって「汚い!」と言い、そのことによって気分を害するのだろう? 自分でその行為を選択しながら、それが不快だと言って、目に付く対象物を非難…
前回の更新(「流転する幸せ と 絶対的幸せ ──── その狭間から抜け出す時」)において 「記事中にもう少し掘り下げてみたい部分がある」と書きましたが 今回はそれを取り上げることにします。 前回の更新では どのような生き方が人の幸せに繋がるのか? とい…
久々の更新になってしまいました。 やはり 原稿用紙45ページぶんのブログとか書くと 反動が凄いですね。 前回のエントリは 書くのに3週間ほど掛かったのですが 構想自体は1年くらい積み重ねていたこともあり← 更新が終わった後は「出涸らし」みたいな状…
2015年から始めたこのブログも、5回目の4月1日を迎えました。 今回は、ブログ誕生日の更新ということで 資本主義や共産主義の真の意味とはどんなものなのか、といったことを 宗教と絡めつつ オカルト、トンデモ、陰謀論を交えながら← このブログ以外では…