空想・科学・特異点 

Science Fiction Singularity

コロナウイルスが顕(あらわ)す もう一つの側面 ──── 資本主義や共産主義とは一体どのようなものであるのかということ

  

中国湖北省武漢市から始まった、非常に感染力の強い伝染性の新型肺炎が世界的に広まりを見せています。

 

その原因菌(ウイルス)は「コロナウイルス」(世界保健機関では「2019 n-coV」、国際ウイルス分類委員会では「SARS-coV-2」と呼称)で、これまでに知られている疾病とはまったく違った症状を人に引き起こすことがわかっており、いまだそれに対する明確な治療法や予防法が確立していないため、医療の面においても政治の面においても手探りの状況が続いている、というのが現状です。

 

 オカルト・トンデモ・陰謀論的観点からすると←

「これは生物兵器なのでは……」

などという考えに飛びつきがちですが、

それに関しては

ウイルスの遺伝子配列等がもっと詳しく調べられることで

人為的に造られたものなのか、自然なものなのか

意外とはっきりわかることだと思われます。

(その詳しい理由は省きますが、学生の頃白衣を着用し←PCR法や制限酵素等を用いた実験を実際にやったことがある人間による見解です)

 

 

今回の更新では

そのような見方ではなく、

また

新型肺炎に関する一般的な見方 ──── 医療や政治、行政、報道のあり方等を見ていく ──── というようなことでもなく、

別の

このブログオリジナルな観点で

捉えていくことにします。

 

 

それは

 

コロナウイルスにまつわる様々な現象が

資本主義や共産主義というものが一体どういうものであるのか、ということを浮き彫りにしている

 

というような見方になります。

 

 

 

このことについて

まず、資本主義から見ていくことにします。

 

 

・マスク狂騒曲が意味していること

医療用や業務用が謳(うた)われていない、一般的に流通しているマスクには、ウイルスの侵入を防ぐ機能はない、ということが喧伝されているのにも関わらず、日本においては(世界においても)マスクの需要が激増しています。

 

ウイルス自体の侵入は拒めなくても

罹患した人が咳やくしゃみで吐き出す飛沫物は防げるかもしれない

と考えると

その需要の高まりも無理からぬことだといえるでしょう。

 

 

欲している人が多いにも関わらず

それが満たされない状況が続いている

ということで、

中には

その需要物を大量に手に入れ

転売して儲けようとする人も現れています。

 

実際

ネット通販や個人オークション等では

元値の数倍から数十倍の高値で取り引きされているようです。

 

その姿勢が問題視され

法外な高値での出品を規制する、というような対処が執られたりもしていますが、

「出品物自体は元値で、梱包・送料を法外な値段に設定する」というような抜け道が作られたりと、いたちごっこが続いています。

 

 

ということで

ここに見られる現象を簡潔にまとめてみると

 

・平時よりも、突発的な事象があった際に需給の関係が崩れ、モノの価格が大きく変動する

 

・欲しい人が多いほど、緊急度が増すほど、困窮度が増すほど、値段が大きく跳ね上がる

 

・それを自分では欲していないけれども、転売して儲けるために大量に入手しようとする人が現れる

 

といったことになるでしょうか。

 

 

資本主義においては「儲けること」が最も重要なこととされます。

 

なので

たとえそれが不謹慎な行為だったとしても

見逃されがちなことになっています。

 

それは

今回のように

「命に関わること」であっても

「マスクを法外な高値で転売すること」が行政的(法的)には禁止されていない

という点からも明らかです。

 

最近になってようやく、そのような販売サイトに行政側から自粛が求められるようになりましたが、それはあくまでも「自粛要請」であって「禁止」ではないのです。

 

(20年3月22日追記)

「3月15日以降マスクの転売を禁止する」という法律ができました。

その内容は「個人や業者が小売店等で購入した家庭用・医療用・産業用マスクを購入した価格以上の高値で販売することを禁止する」というものです。

「違反者に対しては一年以下の懲役もしくは百万円以下の罰金」という罰則も付いているのですが、果たしてこれはマスク不足に対して有効的な手段だと言えるのでしょうか?

というのも「海外へ送る場合はどうするのか?」という部分が曖昧だからです。

厚生労働省経済産業省消費者庁の連名で作られた「マスク転売についてのQ&A」という文章があるのですが、そこには「マスクを国内のスーパーマーケットなどで購入し、国外に転売する行為は対象になりますか」という問いに対し「対象になります。国内のスーパーマーケットなどで購入したマスクを購入価格を超える価格で、国外の不特定又は多数の者に対して転売する行為は違反行為となります」とあります。

これだと「国外の知人や親類にタダもしくは購入価格より低価で送る」という形であればいくらでも輸出できる、ということになってしまい、その知人や親類が購入価格より高値で売ることで大きな利益を得られることになります。このことにより国内のマスク不足はまったく解消されないことが予想されます。

現在(3月22日時)、郵便局において中国への国際郵便物の引き受けを一時停止しているのはたぶんこのことと無関係ではないと思われるのですが(つまり法律としては禁止されていないが「郵送できない」という形にして輸出を規制している)、他国(中国、インド、ドイツ、ロシア、トルコ等)が「医療品の輸出禁止」という厳しい形を執っているのと対照的で、あまり意味のない法律になるのではないか、と思われます。

なぜこのような形に? ということを考えた時、「マスクや医療品の輸出禁止」という措置を取った場合、逆に「それならうちの国の医療品も送らないから」とされてしまうことを避けるためかもしれない、ということが導かれます。仮にそうだとすると「モノ(医療品以外含む)を作る様々な機会において、過度に海外に依存し過ぎている現状がこのような問題を生むきっかけになっている、ということになります。

いずれにせよ、転売が法律によって規制されても、マスクが手に入りやすくなるわけではない、ということになるかもしれません。

実際、法が施行されてから1週間経ちますが、マスクはどこにも見当たりません。

(以上、追記終わり)

 

 

以上のことから

 

資本主義においては

人が困るような状況が発生すればするほど

より効率的にスマートに儲けることができるようになる

 

ということが言えます。

 

 

このことは

マスクだけの話ではなく

資本主義におけるすべての事象においていえることです。

 

それを最も端的に現すのは「株」や「為替」の取り引きです。

 

これらの取り引きでは

値が上がる時だけでなく

下がる時にも儲けることができます(信用売り、ショート)。

 

株式市場で言えば

一般的に

値が上がっていく時は景気と共にゆっくりと上昇していき、

値が下がる時は何らかの原因で一気に落ちます。

ブラックマンデーバブル崩壊アジア通貨危機リーマンショック等)

 

「短期間で値が大きく動くときほど効率よく儲けられる」

「市場にお金が集まる時は値が上がり、流出する時は値が下がる」

という2点より、

それ以上お金が市場に入ってこないような状況(上昇率の停滞、低下)が見られたら

逆に

「値が下がる状況(しかも大きく)を待つ」

ということになります。

 

その「値が大きく一気に下がる状況」とは

すなわち「恐慌の発生」ということであり、

それを待つという姿勢は

人や社会が困窮するような事態が起こることを願う

ということ以外の何物でもありません。

 

そして

そのことはさらに

そうなる状況を待ち望むことが「当然である」

というような社会を形作っていくことになります。

 

 

人や社会が困ることが起こることを願うのが当然であるというシステム ──── 

つまり

現代の資本主義とはそういうもの、なのです。

 

 

当然のことではありますが

このような形のシステムにおいて得られる「幸せ」とは

必然的に突き崩され

その場限りで消えゆくはかないものにならざるを得ず、

幸せという夢を提示され、稼がされ稼がれ

困った状況を生み出され、稼がされ稼がれる

といったような状況に人が置かれることを意味します。

 

そこにおいては

「恒久的な幸せ」などというものには

永遠に辿り着けない

ということになります。

 

 

実例として

資本主義における「経済」とは一体どのような存在として君臨しているのか、

今回の新型肺炎に関連する施策として現れていることを挙げてみると

 

・中国の春節時にあたり、訪日客による大きなインバウンド収入が見込めることから、感染症流行地域(省、国)からの渡航であっても入国制限されなかった

 

・オリンピックの中止(莫大な経済的損失)に結びつくことがないよう、あらゆるものが規定・制限されている

 

等になります。

 

 

これらは

「経済こそが第一義」とされることによって生じた(生じる)

「人にとっては不幸ともなりえる政策」が

当たり前のように行われている

ということを示しています。

 

 

「経済のために人が犠牲になる」

という

本末転倒以外の何物でもない状況が

資本主義というシステムに沿って

今まさに私たちの目の前に展開されているのです。

 

 

現在(に限ったことではないのですが)、

多くの(特に革新的な)人たちが

SNSその他ネット上で

政府の施策に対して激しい不満を表明しているのですが、

それは

実際には政府のせいというよりむしろ

「経済第一」という資本主義のせいである

ということになる(のかもしれません)。

 

 

…………

 

以上のようなことを踏まえ……

 

「やっぱり共産(社会)主義に……」

と感じる人が少なからず出てくることも予想され得ます。

 

 

 

………ということで

次は共産主義について見ていきます。 

 

 

 新型肺炎が蔓延した一番の理由とは?

今回の新型肺炎がいつどこから始まったのか、ということに関して

現時点で言われているのは

「2019年12月8日に中国武漢で初めての患者が確認された」

ということです。

 

「新型コロナウイルス 武漢最初の患者“海鮮市場には行っていない”」(TBS NEWSより)

news.tbs.co.jp

 

「わかっている」という表現ではなく「言われている」としたのは

言われているだけで事実ではないかもしれない

(もっと前から患者が存在していたかもしれない)

ということを踏まえてのことです。

 

この疑念はリンク記事内でも触れられており、

その部分を抜粋すると

「中国政府系機関などの研究グループの論文では、「去年11月下旬にはヒトからヒトへの感染が始まっていた可能性がある」としたうえで、「ウイルスは別の場所から市場に持ち込まれた」との推論を発表しています。」

というものになります。

 

 

その後の詳しい経緯は

まだ伝わって来ていないのですが、

 

12月30日に

武漢の眼科医師である李文亮医師が

ネット上(約150人が参加するグループチャット)に

「華南海鮮市場で7名がSARS重症急性呼吸器症候群)に罹り、我々の病院の救急科に隔離されている」

と投稿したことにより事態が大きく動き出した、

ということになるようです。

 

 

その辺りの様子が

以下のリンク先で確認できます。

 

「新型肺炎を武漢で真っ先に告発した医師の悲運」(東洋経済ONLINE)

toyokeizai.net

 

李医師の投稿(12月30日)がチャット上の誰かによって公けのネット上に拡散され、それを受けて同日、武漢市衛生健康委員会が「原因不明の肺炎に対する適切な治療についての緊急通知」を発表。同時に「いかなる機関及び個人も、許可を得ずにみだりに治療情報を外部に発信してはならない」とした。

 

これに関連して

武漢警察が認定した「疫病のデマを流した人物8名」が調査を受けたことが

中国中央テレビで報道された。

 

李医師に関しては

武漢公安当局が1月1日に召喚を伝え

1月3日に李医師が応じ

「訓戒」の処分を受けた。

 

……… 

ということになるようです。

この李医師は自身も新型肺炎に感染し、20年2月7日に亡くなられたそうです。

 

 

ここで

さらに

この後の全体的な流れがどのようなものだったかについて見ていくことにします。

 

「新型コロナウイルスで国内初の死者。これまでの経緯は?(時系列まとめ)」(HUFFPOSTより)

www.huffingtonpost.jp

 

 

リンク先の記事を参考に、まとめてみると

 

19年12月31日

中国当局世界保健機関(WHO)に、武漢市で原因不明の肺炎が広がっていると報告

 

20年1月7日

新型コロナウイルスと判明

 

1月12日

中国で初の死者

 

1月13日

タイを訪れた中国人女性から中国国外初の感染者を確認

 

1月16日

武漢市から帰国した神奈川県在住の中国人男性からコロナウイルスを検出(日本初)

 

1月23日

武漢閉鎖

 

1月28日

日本人初のコロナウイルス感染者が発生。患者は奈良県在住の男性バス運転手で武漢市からのツアー客を乗せていた

 

1月29日

武漢からの邦人帰国チャーター機到着。翌日3人の感染者確認

 

1月31日

WHOが「緊急事態宣言」

 

2月5日

ダイヤモンド・プリンセス号で10名の集団感染確認

 

2月13日

新型コロナウイルスにより80代の女性が死亡。国内初の死者

 

 

………というような具合になっています。

(リンク先内容の簡潔なまとめで、事実かどうかは未確認です←)

 

 

いくつか気になる点があるので

順に追って見ていくことにします。

 

気になる点のひとつは

12月30日に李医師がグループチャット上に投稿した後

翌31日に中国がWHOに報告している

という点です。

 

このことから伺えるのは

武漢の担当部局のみならず

中国当局(日本でいうところの厚生労働省)は

かなり以前から原因不明の肺炎が爆発的に増えていることを知っていたのではないか、ということです。

 

一地方の医師(眼科)が

SARSのような肺炎が流行っている」と言ったからといって

それをよく調査もせず翌日WHOに報告する、などということはあり得ません。

 

既に懸念するような状況にあることをじゅうぶんに確認していたうえで

それを秘匿しつつ、

なんとか内密に処理しようとしてきたけれども抑えきれず広がる一方で

そのことをネット上に掲載されたことで

ようやく世界的にも公開することにした

……というような背景が思い浮かばれます。

 

 

また

李医師に対して武漢警察が

20年1月1日に召喚、

1月3日に「訓戒」の処罰を与えていることも見逃せません。

 

訓戒の詳しい内容はわからないのですが

「情報をもらしたこと」

が罪に問われているのだと思われます。

 

このことは逆に

李医師が12月30日に投稿しなかったとしたら

中国は31日にWHOに報告したのだろうか?

という疑問を抱かせることになります。

 

 

……以上のことから推測されるのは

 

普段から徹底した言論封殺によって

自身に不都合な事実は「ないもの」として扱うことが

当たり前のように行われている

ということです。

 

ここにおける「自身」とは

共産主義というシステム」に他なりません。

 

システムが安定的に維持できるよう

体制に対して批判が生じないよう

それに反するような事柄は

たとえ事実だったとしても「言ってはならないこと」とされ

仮に言った場合は罰を受けるのです。

 

 

このことは

ある意味においては

正体不明の伝染性を持つ病気そのものよりも恐ろしいことです。

 

なぜなら

そのような疾病が存在していること自体が隠され秘匿されるので

実際は「とんでもなく危険な症状を引き起こす極めて伝染性の高い肺炎が急速に広まっている」のに

その事実を知らされないまま

それが蔓延しているような場所に無防備なまま自ら繰り出す、

といった行動を取らざるを得なくなるからです。

 

「正体不明の伝染性を持つ病気」が流行っているということがわかっていれば

(情報が正しく伝わっていれば)、

個人、家庭、会社組織等を通じて様々な対策を講じ

罹患しないよう努めることができます。

 

しかし、それが伝わっていなければ

自ら伝染しにいっているような形の行動を取っていたとしても

そのことに気づけないのです。

 

 

既に感染した人はともかく

新規患者が増えなければ

その感染症は収束していきます。

 

よって

伝染性の疾病が発生した場合

どのようにして新規患者を増やさないようにするか、が最も重要なこととなるのですが

「そのような伝染病など存在していない」

という建前が前提のシステムにおいては、

「発生初期段階における収束」など望むべくもありません。

 

その疾病は「大規模に拡がる」ことが

既にそのようなシステムを採用している時点で確定しているのです。

 

 

現時点において

武漢市の新型肺炎感染率や死亡率は他の場所に比べて突出しています。

 

これは

発生個所だから、ということだけでなく

情報自体が当地で長らく秘匿されていたことと無関係ではないといえるでしょう。

 

 

…………

 

それでは……

 

なぜ共産主義においては

「事実」が隠蔽されるのでしょう?

 

 

その一番の理由としては

 

体制にとって不利となる事実が拡がってしまうと

体制自体を打ち倒そうとする動きに繋がりかねないから

 

ということになるでしょうか。

 

 

また

その他に、

より小さな理由として

 

システムにおける

個人的立場(序列)を悪くしたくないから

 

ということが挙げられるかもしれません。

 

 

共産主義国においては

共産党員であるかないか、ということによって

受ける恩恵が桁違いのものになるそうです。

 

国営企業はもちろんのこと

民間企業の採用に対しても

党員であるということが有利に働くのだそうです。

 

さらにその恩恵は

党内における序列によっても左右され

序列が上になればなるほど(出世すればするほど)

受け取る量も大きくなり、

また、そのことによって周囲に与える影響も大きくなっていくのです。

 

 

そのような形のシステムにおいては

 

・どのように序列を上げていくのか(出世していくのか)

・なんとしても序列を下げられないようにしなければらない

 

といった想いに囚われることになります。

 

このことから

上を目指すために、結果が出たことを捏造するような数値が産み出され

下に落とされないように、低い評価に繋がるような数値が改ざんされる

というような土壌が形成される

といえるでしょう。

 

 

システムの在り方自体が

自身にとって都合の悪くなるような(序列が下がるような)事実は

どのような手段を用いても「ないもの」にしなければならない

というような意識を生み出し、

そのことによって

真実は

個々の中においても

また全体においても

隠さざるを得ないもの、となるのです。

 

 

今回の件でいうと

伝染病が発生した、という事実だけで

その地の衛生局のような部門に属している人は

評価が下がることでしょう(序列が上であればあるほど)。

 

しかしながら

そのことがバレないうちに

なんとか治めることができれば

評価に傷はつきません。

 

むしろ、

そのような疾病を治められたことを積極的に公開することで

高い評価を得られることでしょう。

 

 

伝染病が広がってからバレても低評価となり

発生しただけでも低評価となる。

しかし、もしそれを抑えられたなら高評価となる。

 

だとしたら

「いちかばちか、

 バレる前になんとかしよう!」

と考えるのは

人の習性としてあり得ることです。

 

そのようなわけで

今回の新型肺炎

発生初期における情報が徹底して秘せられ、

そのために感染率が跳ね上がり

大規模に蔓延することとなったのでした。

(注:ホントにそうなのかはわかりません←) 

 

 

このあたりのことは

単なる想像も交えて書いているわけですが

その想像を補完するような部分も実際にあり、

それは先ほど挙げたリンク記事の中にも見られます。

 

「新型肺炎を武漢で真っ先に告発した医師の悲運」(東洋経済ONLINE)

 

 この記事の中の李医師の発言を一部抜粋します。

 

(12月30日、李医師が投稿した日の深夜1時半)

武漢衛生健康委員会で会議が行われ、われわれの病院の委員長に呼び出され、事情を聞かれました。

 

夜が明けて出勤した後、再び監察科で事情聴取を受けました。

 

私自身の状況や情報源について、自分の過ちに気がついたかなどの質問をされました。

 

その後はまさか警察から連絡が来るとは思いもしませんでした。

 

1月3日、電話が掛かってきて派出所に出向き「訓戒書」に署名するように指示されました。

 

署名をしなければこの状況を脱せないと思い、署名をしに行ったのですが、この件については家族にも伝えませんでした。

 

当時はとても不安で病院から処罰を受けないか、将来の出世に影響しないかなどと考えていたんです。

(以上抜粋終わり。太字はブログ筆者による修飾)

 

 

このような仕組みの社会では

「見て見ぬふりが正解」

「言った者損」

ということで

誰も本当のことなど話さなく(話せなく)なるのでしょう。

 

例えそれが

一見しただけで非常に危険だとわかる

未知の症状を人にもたらす伝染性の疾病で、

いち早くその発生を周知徹底し それに備えた行動を取ることが

その蔓延を抑えるための最大の要因になる

ということがわかっていたとしても ──── 

 

 

デマは取り締まられて然るべきなのですが

事実を伝えても罰せられるのです。

 

抜粋最後の部分

「将来の出世に影響しないか考えていた」ということ……

 

序列が第一の社会においては

誰しもがそのことから逃れられず

「それ(序列を決めるシステム)」の意に反するようなことはできなくなっていくのでしょう。

 

 

(20年3月22日追記)

20年3月19日、中国国家監察委員会は李文亮医師に対して行われた訓戒処分の手続きが法に則していないということ、また処分自体も不当なものだったという判断を下し、処分を撤回し関係者の責任を追及すべきだと指摘したそうです。

これにより同日、武漢の公安当局が処分を撤回し、1月3日に李医師を処分した警察官2名をそれぞれけん責、警告処分としたとのこと。(「中国当局が新型コロナウイルス警告の医師への処分撤回 家族に謝罪」Sankei Bizより)

中央のやり方、システムの在り方に忠実に従ってとった行動が、その中央によって否定され責任を負わされるということ ──── それは「自らによって自らを否定する」こととなって自身に跳ね返ってくるのではないでしょうか? その「自ら」というのはまぎれもなく「中央」であり「システム」ということになります。

(以上、追記終わり)

 

 

…………

 

ということで……

 

今回のコロナウイルスによる新型肺炎の蔓延に関して

実際の社会に現れた具体例を挙げながら

それがどのような意味を持っているのかということについて見てきました。

 

 

そしてそれを

さらに簡潔にまとめるとするなら

 

コロナウイルス

人よりも経済

人よりもシステムの維持

を優先する社会・経済システムを採用しているがためにここまで広がった

 

ということになります。

 

 

このことはつまり

 

コロナウイルス

爆発的に世界に広まったのは

資本主義と共産主義のせい

 

ということになるのです。

 

 

………

たぶん

今回の新型肺炎

資本主義と共産主義に絡めて語られるのは

世界でも初めてのことだと思われますが笑

(というか誰もそんなことは考えない←)

みなさんはどう感じるでしょう?

 

 

もの凄く極端な話をすれば

人はコメと味噌を食べ

雨露をしのげば生きていけます。←

 

得体の知れない伝染病など発生したら

「紛争も経済も一旦ストップね」

とか言って

ガス、水道、電気以外は全部(電車も会社も学校も)止めちゃって構わないのではないでしょうか?

 

 

システムのために事実を隠蔽し

経済のために伝染病が蔓延している国から観光客を受け入れ続ける

 

逆に

このことが

 

いずれそのシステムを崩壊に導き

経済活動が より大きく損なわれる原因になるのかもしれません。

(経済に限っては現にそうなっています)

 

 

 

…………

 

ここで………

 

このブログで提唱している

資本主義と共産主義に代わる

「与配主義」はどうなのか?

という点に関して

「マスクの販売」を例にとって見てみることにします。

 

 

過去の更新で記している通り

与配主義においては

小売業が公的に行われます。

(「与配主義」「順番決定制度」についての詳しい内容はそれぞれのリンクを参照ください)

 

形式上、

メーカーが造った製品は全量小売り(公的機関)が買い上げることになるので

造られたマスクはすべて公的機関に渡ることになります。

 

通常時はそれが注文を受けた場所に届けられるわけですが

緊急時においては

それを必要としているところへ

優先的に配られることになります。

 

今回のような例では

まず医療機関や医療従事者、およびインフラ維持に携わっている人たちに配られ、

その後、一般に販売されることになります。

 

この販売も

事前に個人の注文を受けておき、

それぞれの人が持つ「順番決定ポイント」を比較、降順にソート(並べ替え)し

「順番決定ポイント」をたくさん持っている人からマスクが配られる

という形を取ります。

 

この「順番決定ポイントをたくさん持つ人」というのは

「個人や社会に対して質や量という点でたくさん与えたり配ったりした人」

ということになるので

通常時の与配主義および順番決定制度の仕組み通りに配布が行われることとなり、

その配られる順番に矛盾が生じません。

 

災害時など

「人が不安を感じるような状況」になると

「なぜそれをそいつに与えるのか!(先に俺によこせ)」

みたいな意見が数多く発生しがちなのですが、

 

与配主義の場合

元々「人にたくさん与えたり配ったりしている人が、モノや順番をより早く多く手に入れられる」

というような仕組みになっているので

そのような意見をまったく受け付けないのです。

 

また

このシステムが素晴らしいのは、

順番決定ポイントをたくさん持っている人

すなわち

「普段から人にたくさん与えたり配ったりしている人」にマスクを先に渡す

ということによって、

その人や家族が使うぶん以外のマスクが

また「別の誰かに与えられ配られる」ことが期待できる

ということです。

 

 

資本主義においては

お金持ちが先にそして大量にマスクを手に入れます。

 

共産主義においては

序列が上の人が先にそして大量にマスクを手に入れます。

 

それらは

そこに留められるか、

もしくは

おいそれとは買えないほどの高値で売りに出されて、

なかなか全体に行き渡ることがありません。

 

しかし、

与配主義においては

先に手に入れた人こそ

普段から人に与えたり配ったりしている人、ということになるので

行政から「お願い」とか「命令」とかされなくても

オートマチックに、自動的に

その人からまた別の欲している人へと

モノ(マスク)が広まっていくことが予想されるのです。

 

 

どうでしょう?

この素晴らしいシステム笑。

 

設計自体が古いうえに

特定の誰かにとって都合良く作られたような

資本主義や共産主義と比べて

比較にならないほど

優れて美しいシステムだと言えるのではないでしょうか。

 

 

 

…………

 

ここで……

 

現在の社会・経済システム(資本主義と共産主義)においても、

参考になり得る具体例として

台湾の施策を見てみることにします。

 

 

・台湾政府はマスクの買い占め、転売を防ぎ、全ての国民にマスクが行き渡るように健康保険特約薬局で、健康保険証提示を条件に7日間おきに2枚マスクを購入できるようにした

 

・混雑回避のため、健康保険証に記されているIDナンバーの末尾が奇数、偶数によって購入できる曜日を指定している

 

・ドラッグストアなど店頭でのマスク販売を禁止した

 

「コロナウイルスで台湾は「マスク購入実名制」に」(libedoorNEWSより)

news.livedoor.com

 

 

これに対し日本では

 

・疫病発生時に備えて備蓄していたマスクや防護服を海外へ送り

・品薄になったことでその送った国から提供を受けることとなり(送り返され)

さらに

・政府がマスクをメーカーから買い上げ、感染拡大が深刻な北海道に供給する

 

というようなことになっています。

 

 

指摘したいことはいろいろとあるのですが←

それについては触れず、

 

別の面からこれらのことを捉えてみると

台湾の件も日本の件も

実は

この世界に

「与配主義が現れ始めている」

ということになるのかもしれません。

 

 

形としては

まだまだほど遠いのですが

緊急時に際して

「より良い仕組み」を模索していったら

それは必然的に「与配主義的な形に近づいていく」のです。

 

 

今までに既に現れた

そしてこれから現れてくる様々な出来事において

「資本主義や共産主義というシステムでは対応できない」

「むしろそれらのシステムのせいで状況が悪くなった」

というようなことが

人々の目により強く印象付けられる時、

それらのシステムは

自身の形を変えていかざるを得なくなります。

 

そしてそれが

究極的に突き詰められる時

それらは必ず「与配主義」化するのです。

 

 

…………

 

以前の更新で触れた通り

資本主義はもちろん共産主義

結局は

現世利益、経済的・物質的豊かさを追い求め、

自らのシステムにこだわり

頑(かたく)なに他のシステムを排除しようとします。

 

しかし

その

「現世利益」や「経済的豊かさ」、「物質的豊かさ」は

与配主義によってこそ最も効率良く楽に得られる

ということに気づく時、

この世界は

資本主義と共産主義という

古くていびつに歪み

機能不全に陥っている不完全な殻を脱ぎ捨てることになる

ということを(久々に←)SF的に予想しつつ

今回の更新を終わりにします。

 

 

 

(20年3月22日追記)

・マスクの転売が法的に禁止されたこと

新型肺炎を最初に告発した李文亮医師に対する処分が撤回されたこと

以上二点に関して追記しました。